未来の足跡♪

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1秒先も見えないから人生は楽しいのかも♪ いろんな話題を自由気ままに語ります。

速報、千代の富士(九重親方)、急逝(泣)



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第58代横綱・千代の富士(九重親方)急逝

昭和の大横綱の一人、千代の富士。

幕内優勝31回という大記録を果たし、

1991年5月に引退し、九重部屋を継承。

元・大関・千代大海などを育てました。

 

 

126kgと軽量ながら大横綱に!!

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千代の富士と言えば、大型力士が多くなったなか、体重126kgと軽量ながら大活躍したことが、とても印象に残る横綱でした。


軽量であるにも関わらず、幕内優勝31回という大記録を打ち立てたのは、ものすごいとしかいいようがありません。

 

千代の富士の少年期

幼少から漁業を手伝って足腰が自然と鍛えられた少年は、中学では運動神経抜群になります。


陸上競技では、走り高跳び・三段跳びで、地方大会で優勝します。


当時、「オリンピックにも出場できる選手になれる」と言われていたそうです。


それが、後に、大横綱・千代の富士となる、秋元少年です。

 

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当時の九重親方(千代の山)は、秋元少年に猛烈なラブコールを送ります。繰り返し、繰り返し。


そして、「飛行機に乗せてあげる」という言葉に反応した秋元少年、どうしても飛行機に乗りたいために、家族の猛反対を押し切って、なんと九重部屋に入門を決めたのです(笑)。

 

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入門後...

初土俵は、1970年。小兵(体重100kg以下)ながら、気性が激しい取り口で順調に出世していきましょう。


そして、1974年には、19歳5ヶ月で十両昇進を果たします。


その後、1975年9月に新入幕を果たすも、幕下まで陥落するなど、大変な時期を過ごすことになります。


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1977年10月には、九重親方の死去に伴い、部屋は北の富士が継承します。

 

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千代の富士は脱臼癖がありましたが、その後、相撲の取り口を変え、徐々に頭角を現します。

 

 

横綱昇進

1981年初場所、関脇で優勝し、千代の富士は、同年3月場所で大関へ昇進します。そして、大関3場所で横綱に昇進します。


スピード出世ですね。その後は、「ウルフ」と言われるくらい、強さを発揮し、次々に幕内優勝を重ねていきます。


千代の富士が横綱で果たした幕内優勝は、29回です。もの凄い数字です。

 

引退後は...

いろんなことがあり、日本相撲協会における政治の波にはうまく乗ることができませんでした。


そして、若くして、膵臓癌で急逝をしました。


ご冥福を心よりお祈りいたします。

 

まとめにかえて

大横綱・千代の富士は、「軽量でも勝てる」ということを示したことはとても凄いことです。


それも生半可な勝ち方ではないのです。優勝しまくりという強さ。


最近の大相撲は、大型力士が大勢いますが、これからは、軽量力士にも期待したいですね。


とくに、宇良とか...ね(^^)/