未来の足跡♪

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平尾昌晃(79)逝去、歌手現役時代は知らずとも作曲家としての名曲は多くの人の心に残っています



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元ロカビリー歌手で一時代を築き、その後、作曲家として数々の名曲を世に残した平尾昌晃さんが肺炎のためお亡くなりになりました。

享年79歳、まだまだお若かったのに残念です。

 

 

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平尾昌晃さんご逝去...

 

『よこはまたそがれ』や『瀬戸の花嫁』など数々の名曲を生み出した平尾昌晃さんが21日、肺炎のため逝去されました。

79歳です、ご冥福をお祈りいたします。

 

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平尾昌晃さんは2年前に肺癌を患い闘病しながら、仕事を続けてきました。

 

平尾昌晃さんの略歴

 

平尾さんは慶應義塾高校を中退したあと、ウエスタンバンド「チャック・ワゴン・ボーイズ」に参加して音楽活動をスタートします。

1957年に石原裕次郎主演映画『嵐を呼ぶ男』に出演し知名度アップ。

1958年にはソロ・デビューし、『星は何でも知っている』『ミヨチャン』が大ヒット。

当時、ミッキー・カーチスさん、山下敬二郎さんと『ロカビリー三人男』として圧倒的な人気を博します。

 

その後は作曲家に転向し、次のような数々の名曲を残します。

  • 1967年、布施明『霧の摩周湖』
  • 1967年、梓みちよ『渚のセニョリーナ』 (レコード大賞作曲賞受賞)
  • 1970年代は、五木ひろし『よこはまたそがれ』、小柳ルミ子『瀬戸の花嫁』、アグネス・チャン『草原の輝き』など。

 

そして、1974年には、現在の『平尾昌晃ミュージックスクール』を創立して、石野真子、狩人、松田聖子、幸田未来、後藤真希らの後進を育てます。

自らもスクール生だった畑中葉子とのデュオで1978年『カナダからの手紙』をヒットさせます。

 

その後も、ドラマ音楽、映画音楽、舞台音楽などに関わり、数々の功績を残しました。

 

社団法人日本作曲家協会・常務理事、社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。

 

個人的には...

 

団塊の世代でも平尾昌晃さんの歌手現役時代は知らないと思います(ギリ知っているかも)。

ブログ管理人は、団塊の世代のさらに下なので、平尾昌晃さんのロカビリー時代は噂でしか知りません。

 

でも、平尾昌晃さんが作曲家として産み出した名曲の数々はしっかり心に残っています。

 

改めて平尾昌晃さんのことを調べましたが、日本の音楽界に多大なる貢献をしたのですね。

 

まとめ

 

日本音楽会の巨星がまた一つなくなりました。

しかし、平尾昌晃さんに育てられ、平尾昌晃さんの意思を継ぐ歌手の方々はたくさんいます。

平尾昌晃さんのご逝去を悼むとともに、そういう方々のこれからのご活躍を期待しています。

 

平尾昌晃さんが育てた日本の音楽を一歩でも二歩でも前進させてください。

 

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(画像出典:アメブロ